さて・・・ここで時を再度遡り、舞台を切り替える。
倫敦ではアルトリア達は思わぬ相手に半ば呆然としていた。
まさか『六王権』最高側近が姿を現す等予想外・・・と言うより予想すらしなかった事が起こったのだ。
呆然とするなと言う方が酷と言うものである。
そして一方の『影』はと言えば、奇襲を仕掛けるでもなくただ辺りを見ているだけだった。
そしてポツリと呟いた。
「ここにはいないか・・・『錬剣師』」
二十九『帰還』
やはりと言うべきか『影』の関心は目の前のアルトリア達ではなく士郎に向けられていた。
だが、あくまでも関心が無いのであって、無視はしていない。
その証拠に時折アルトリア達に向けられるその視線は鋭く、ひとたび不穏な動きがあれば障害物として排除する意図は明らかだった。
「アルトリア、いけそう?」
そんな中、凜がそっとアルトリアに耳打ちする。
「・・・正直言えば厳しいです。ランスロットとの戦いで『風王鉄槌(ストライク・エア)』を使ってしまいましたし、魔力も万全とは言いがたいです」
それはアルトリアに限った事ではない。
ヴァン・フェムに新生七大魔城、更に怠惰魔城『ベルフェゴール』により模写された、ディルムッド、ジル・ド・レェ、ランスロットと激戦を繰り広げた結果、受けたダメージはお世辞にも軽いとは言いがたい。
唯一万全に近いのは凜達魔法少女戦隊、そしてバルトメロイ位のものだ。
だが、それでもここには現状のロンドンでも最強の戦力が揃っている。
いくら相手が『六王権』最高側近だとしても、そうやすやすとやられるとは思えない。
更に、『影』を音もなく包囲する一団あがった。
バルトメロイの指示を受けた『クロンの大隊』のメンバーだった。
「バルトメロイ、大隊全メンバー包囲完了、いつでも攻撃出来ます」
「ご苦労でした・・・さて、『六王権』最高側近、どうしますか?これだけの人数を相手にして勝ち目があると思っているのですか?・・・最も降伏も許しませんが。死徒は全て滅ぼす。覚悟は出来ているでしょうね」
バルトメロイの言葉に初めて『影』は周囲を見渡す。
『クロンの大隊』の包囲網は完璧、文字通り蟻一匹逃がす心算はない。
更にその外側にはバルトメロイに加えアルトリア、ディルムッド、イスカンダル、セタンタ、メドゥーサ、ヘラクレス、メディアの合計七体の英霊そして凜、桜、ルヴィア、イリヤ、カレンの魔法少女五人とバゼットにリーゼリット、セラがバックアップ体制を取っている。
これで『影』に勝ち目があるとは誰も思わない。
しかし、当の『影』はと言えば、周囲をぐるりと見ただけで特に狼狽も示さないし、戦闘態勢も取ろうとしない。
「おや諦めましたか?」
カレンの毒舌に初めて『影』は表情を変えた。
それは唯一見える口元を大きく吊り上げての嘲笑だった。
「英霊と・・・そこの特殊な礼装を身に付けているそこの五人・・・それとそこの桁違いのはまだましだが・・・後はたかが魔術師か・・・魔術使いがいないこいつら等恐れるに足らん」
その一言に『クロンの大隊』を始めとする魔術師達は激怒に身を委ねた。
彼らにとって・・・と言うよりも今現在の魔術協会にとって魔術使いとは魔術師見習い以下の存在だった。
単一の魔術しか使えず、魔術の基礎も知らぬ未熟者。
それ以下だと『影』は断言した。
一人の隊員が詠唱を終え、バルトメロイの命を待たずして攻撃を開始する。
それとほぼ同時に『クロンの大隊』全隊員による一斉射撃が行われた。
その密度、速度、たとえ上級死徒であろうとかわせないだろうと誰もが思った。
しかし、『影』は曲がりなりにも二十七祖第七位を冠している(自分から名乗った訳ではなく、教会から押し付けられた形だが)以上、簡単には攻撃を受けなかった。
「・・・影海埋没(ダイブ)」
ただ一言呟くと同時に、『影』の身体は自身の影の中に沈みこむ。
同時に隊員達の影からあの触手が現れ全員の首を刈り取ろうとその爪を薙ぐ。
だが、それも
「ショット!!」
天空からの魔力弾のつるべ撃ちに残らず撃ち砕かれる。
「あれも無機物みたいね」
凜がひとまず安堵した様に頷く。
『影』の作り出した触手が無機物ならば凜のカレイドアローも最大限効果を発揮する。
「!!全員背中合わせになれ!!」
一方、凜のおかげで危機を脱した『クロンの大隊』はバルトメロイの号令と共に隊員達は二人一組となり背中を合わせ後方を作らない様にする。
「・・・ふむ、やはりそう簡単には事は運ばんか」
特に落胆するでもなく『影』がその姿を現す。
ただし現れたのは一同からある程度距離を取った、崩壊しかけたレストランの影からだったが。
それを見過ごす訳も無く同時に
「うらああああああああ!!」
イスカンダルの『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』がレストランを無造作に破壊する。
だが、既に『影』は
「影城鉄壁(シャドー・キャッスル)」
アルトリアの一撃すら容易く防ぎとめた影の壁で身を固めており『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』の突撃を
完全に受け止めている。
だが、そこにディルムッドが背後から『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を突きたてて影の壁を突き崩す。
同時に支えの無くなった『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』が猛然と突進するが、『影』は既に影の中に潜り込みイスカンダルとディルムッドが衝突しかける。
「!!」
咄嗟にディルムッド跳躍する事で回避する。
「ふう・・・!!征服王!!」
「なぁ!」
激突を避けて安堵したディルムッドだったが直ぐに顔色を変える。
イスカンダルの影からまたしても触手が現れイスカンダルに狙いを定める。
ディルムッドの声で事態を悟ったイスカンダルだったが、僅かに遅く迎撃も回避も間に合わない。
「ていっ!」
しかし間一髪でイリヤのレインボーバードの爪が触手を宝石の彫像に変える。
それをイスカンダルが自身の剣で粉々に打ち砕いた。
「まずいのお・・・あやつ、かなり戦慣れしておる」
忌々しげに舌打ちするイスカンダル。
「かといってこのまま手をこまねく訳には行くまい」
それに応ずるのはディルムッド。
「数で押し切りましょう。彼のペースでは戦いの主導権を握られてしまいます」
『影』との戦闘経験のあるメドゥーサの進言にアルトリア、セタンタ、ヘラクレス、メディアが同意し、ディルムッド、イスカンダルも賛同した。
それを受けてアルトリアが細かい部分の指示を出す。
「ではメディア、貴女は凜と一緒に上空から触手を一掃し続けて下さい。イリヤスフィールと桜は地上から、そして残りのメンバーは『影』が現れたら直ぐに向かい攻撃を」
作戦と言うよりも、どちらかと言えばもぐら叩きの要領に近いものがあったが、現状では最も有効な作戦だった。
次々と現れる影の触手を上空からはメディアの魔力砲と凜のカレイドアローが砕き蒸発させ、地上からはイリヤのレインボーバードが宝石に変えて桜のシャドーホールは現に現れた触手を再び虚無の影に還して行く。
奇襲の恐れが極端に減り、アルトリア達はいつもの動きで『影』の追跡に入る。
凜達の掃討を逃れた触手が襲撃に掛かるがそれも少数。
アルトリア達の手でも十分に対処できる。
「見つけましたわよ!!」
影から浮上してきた『影』をいち早く見つけたルヴィアが一気に間合いを詰める。
「はあああああ!!」
同時にブラスナックルに魔力を充満させて渾身のストレートを放つ。
速度、タイミング、全てにおいてかわす事は不可能と思われたがそれよりも早く、周囲の影が『影』とルヴィアの間に障壁を作り出す。
「くぅ!!」
ルヴィアの一撃は虚しく障壁を叩く。
同時に障壁からミミズクラスの大きさの触手がまさしく槍襖の如く無数に生え出しルヴィアを串刺しにしようとする。それを間一髪で間に合ったディルムッドの『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』が障壁に突き刺さる事で一時的に魔力が遮断され、触手も障壁も影に立ち返る。
その時には『影』は既に影に潜り込み、距離を取っていた。
「これでは・・・いたちごっこだな」
ポツリと呟く。
負けるとは欠片ほどにも思っていないが、さすがにこれだけの英霊が揃い、魔術使いはいないものの、とりあえず高位であろう魔術師の軍勢が相手だとさすがにてこずる。
『クロンの大隊』を『影』は脅威とみなしてはいなかったが、軽視もしていなかった。
「こうするか・・・影状変更(シャドー・チェンジ)・・・影鏡人形(シャドー・パペット)」
そう呟くと同時に上空の凜、メディア以外の全員の目の前に影の壁がせり上がる。
それは瞬く間に姿を変えて目の前の自分と寸分違わぬ影となって攻撃を開始した。
「くっ!」
「ちぃ!」
自分自身の影である為か、ひどく戦いづらい。
そんな中、自分の影を粉砕したバルトメロイが跳躍するや高速で詠唱を唱える。
「・・・・・・(閉じ込めろ、風の筒)!!」
それと同時に『影』をぐるりと取り囲む様に鋭利な刃となった風が『影』を中心にぐるぐる円を書く。
動こうにも、『影』をぐるりと覆うように現れた風の筒の為に動かす事すら適わない。
「これで終わらせる・・・・・・(我が手に持つは風神の鉄槌)!」
再びの高速詠唱で今度はバルトメロイの右手にされた乗馬鞭にやはり風の刃が纏わりつく。
そしてそれは風の筒にぴったりと嵌り、それを持って『影』を押し潰す・・・いや、潰して切り刻むように押し込む。
「影状変更(シャドー・チェンジ)・・・影城鉄壁(シャドー・キャッスル)」
だが、『影』もすぐさま防衛の構えを取り影の壁を覆う様に展開する。
「無駄な事を・・・狭まれ」
それをバルトメロイはただ冷笑すると『影』を包囲していた風の筒を狭め、影の壁を削り落としに掛かる。
同時に風に覆われた鞭を押し込み、上からも障壁を打ち砕きに掛かる。
「どうですか?もう間も無く、肉片残らず、すり潰される気分は?せめての情です。遺言位は聞いて上げますが」
冷笑を浮かべ昂然と言い放つバルトメロイの勝ち名乗りを傲慢だと称するのは余りにも酷な話しだった。
周囲は風の壁で一歩も動けず、上からも風の刃が迫る。
またそれらにはバルトメロイの魔力が存分に凝縮され解除も困難。
また、先程までと同じ様に影の中に潜り込もうにも、既にバルトメロイの手で地面にも薄い風の刃が縦横無尽に走り、潜り込む事も許さない。
もはや『影』がバルトメロイの手で討ち取られるのは確定だと誰もがそう思った。
しかし、今にも砕かれそうな影の壁越しの『影』の言葉は恐怖の悲鳴でも焦りに満ちた足掻きでも、ましてや惨めなる命乞いでもなかった。
「・・・未だ敵を屠らず・・・更にはこの程度ですでに勝ったつもりか・・・やはり貴様ら魔術師は魔術使いの足元にも及ばぬ」
それは失望と憐憫すら込めた言葉だった。
「貴様らに戦場と言うものの本質を教えてやろう・・・影状変更(シャドー・チェンジ)、影針貪飲(シャドー・ドランク)」
その言葉から僅か数秒後、事態は急変した。
「!!」
初めてバルトメロイの表情が驚愕に染まる。
同時に『影』を上から押し潰そうとしていた風の槌が包囲していた風の壁が無残に霧散する。
同時にバルトメロイは地面に力なく崩れ落ちる。
「・・・貴様・・・何を・・・した・・・」
「戦場ではこう言った事も起こる。どんな力を持つ者であろうとも、力弱き者の決死の抵抗に足元を掬われる事もある。俺達はかつてそれを何度も体験し何十回と目の当たりにしてきた・・・影針麻痺(シャドー・ドラッグ)」
「がっ・・・・あああ・・・」
それと同時にバルトメロイは小刻みに身体を痙攣させ微動だにしない・・・いや出来ない。
と、バルトメロイの首筋から注射針ほどの太さの影の糸らしきものが地面の影へと繋がっているのを全員が見た。
いや、首筋だけではない。
うなじや服の裾、手袋の間等ありとあらゆる場所からバルトメロイの身体に侵入していた。
これが『影』の逆転の秘策、この影の糸がバルトメロイの皮膚に痛みも違和感も無く突き刺さり、いや、正確には密着し、毛穴等の微細な穴から体内に侵入、魔術回路にまで到達した後、微細な糸とは思えない程の量と速度を持って、バルトメロイの魔力を吸い上げていた。
当然だが、これ単体の魔力吸収程度でバルトメロイの魔力が枯渇する訳は無いが、これが全身に及べば話は違ってくる。突然の脱力感に襲われ、咄嗟に対処を取る事が出来なかった。
バルトメロイら『クロンの大隊』には戦いの先には常に勝利と死徒の殲滅があった。
死徒達の抵抗も抵抗と思わず殲滅し、時には死都を丸ごと消去し敗北等知らなかった。
それはそれで強さの証明であるだろうが、それは時として傲慢と非常事態への対処不足というある種の脆弱さも曝け出す。
更に、動けぬように魔術回路、魔術刻印、身体機能を一時的に影から麻痺させる毒をも注入させた。
これで一時だがバルトメロイは無力化された。
「さて・・・次は・・・」
そう呟くや今までアルトリア達と戦っていた影達の体が崩れ、そこに同じ糸が群れをなした姿へと変貌する。
「!!全員退け!」
イスカンダルの短い声に従うまでも無く、全員一斉に退避しようとする。
しかし、それよりも早く影の糸が動き出す方が早かった。
それにまず呑み込まれたのは咄嗟に長であるバルトメロイを助け出すべきか否かで迷った『クロンの大隊』のメンバー達だった。
彼ら一人一人は間違いなく一流だが、バルトメロイと言う強すぎる個性に大なり小なり依存していた事もまた事実だった。
引き千切ろうにも、魔力を一気に吸い取られる為瞬く間に脱力感に襲われ、更に麻痺毒を盛られて一気に無力化する。
更に魔法少女達でも比較的後方支援担当であるイリヤと桜が捕えられた。
「ああっ!!」
「ううっ!!」
(あ、あららら・・・やばいですねーこの吸収量は想定外です〜)
直ぐにマジカルルビーが陽気な声の中に焦りの色を浮かべる。
「ちょ!想定外って事はどうなるのよ!」
(勿論変身とけますよ〜・・・)
その言葉を最後に魔力は急激に薄れ、二人の姿は魔法少女から元の姿に変える。
更に麻痺毒が全身を侵し、二人とも動きが取れなくなる。
「お嬢様!!」
「イリヤ」
「サクラ!」
「!!」
それを見たセラ、リーゼリット、メドゥーサ、ヘラクレスが我を忘れて救出に向おうとするが、分散した糸が四方八方から襲い掛かる。
「あああっ!」
まず身体能力では圧倒的に劣るセラが捕えられ、
「あれ?・・・うごか・・・ない・・・」
続いてバカ正直にイリヤ目指していたリーゼリットが捕まる。
ヘラクレス、メドゥーサは糸をかわしながら必死に接近を試みるも一本また一本と糸が二人の体に纏わりつく。
しかも、英霊である二人に魔力吸収は無駄と見たのか即座に麻痺毒を送り込む。
「くうううう!!」
「ぬぐっううう」
これによりヘラクレスとメドゥーサの動きが止まった。
一方、このまま退いてもジリ貧と見たのか、アルトリア、セタンタ、バゼット、ディルムッド、イスカンダル、ルヴィア、カレンが『影』目掛けて突撃を開始する。
そして上空からは凜とメディアが支援を始める。
メディアの魔力弾が次々と吹き飛ばし、凜のカレイドアローが粉砕する。
だが、それでも四方八方に散らばりそして分散して奇襲を繰り返す糸を全て撃退するのは不可能、
一本、また一本と破壊の網を掻い潜りアルトリア達に接近する。
だが、それを切り払い、ひき潰し、叩き潰しながらまずはルヴィアとカレンが『影』に接近した。
「影の壁は造らせませんわよ!!」
「壁も全て私のディザスターで破壊するだけです」
その言葉通り、『影』が壁を展開してもカレンの鉄球が瞬く間に打ち壊す。
だが、それすらも『影』の術中だった。
「・・・影針破片(シャドー・ピース)」
砕けた影の壁の破片から糸が噴出し、ルヴィアとカレンを捕捉する。
「ええっ!!」
「あら?」
糸は瞬く間にルヴィアの二の腕とカレンの足に絡みつく。
同時に体勢を大きく崩し、二人の魔法少女姿が解除される。
そんな二人を尻目にセタンタ、バゼット、ディルムッドが『影』に肉薄する。
「・・・影状変更(シャドー・チェンジ)影罠(トラップ)」
と呟くと同時に『影』の影から分離した三つの影が忽然と消えた。
「!!やべえ!バゼット、ディルムッド跳べ!」
何をしようとしているのかを察し、跳躍しながら発したセタンタの言葉に、ディルムッドがすぐさま反応して跳躍する。
バゼットも跳躍しようとするが半瞬だけ遅かった。
跳躍の為に残った右足のつま先にあの影が触れた瞬間バゼットの右足を影の糸が群れをなして拘束、バゼットの魔力を一気に奪い取る。
「は・・・ああああああ・・・」
脱力感に襲われ地面に崩れ落ちるバゼット。
「!!手前!!人の女房に何してやがる!!」
怒りに我を失い猛然と『影』に躍りかかるセタンタ、そしてセタンタと肩を並べ『影』に攻撃を仕掛けるディルムッド。
「影状変更(シャドー・チェンジ)影鋼鞭(シャドー・ウィップ)」
それを迎撃するかのように『影』の影から影が飛び出し鞭の様にしなり二人に襲い掛かる。
それを当然のようにそして容易くかわし改めて『影』に襲い掛かる二人。
そして セタンタ、ディルムッド二人の槍が『影』を同時に貫く。
しかし、二人の表情に歓喜は無い。
むしろしてやられたと言う焦燥が出ていた。
「!!これは・・・」
「手ごたえが・・・ねえ・・・」
二人の驚愕を余所に二人から離れた所に既に『影』はいた。
いつの間にか『影』は自分とそっくりな影の人形と入れ替わり二人が貫いたのはその人形だった。
「影状囮(シャドー・デコイ)・・・罠始動(チェンジ・トラップ)」
『影』の呟きと同時に影の人形は形を崩し影の糸の群れとなし、一度交わしたはずの影の鞭は一本一本ほぐれ、影の糸の束となり避ける暇を与えず二人を捕えた。
一方、上空から支援を続ける凜とメディアだったが時折地対空ミサイルの様に上空目掛けて突き上がる影の糸に苦慮していた。
「全く、これじゃあきりが無いわ!」
「そう言ったって対処するしかないでしょうが!!」
愚痴を言いながらも影の糸を避け、時にはまとめて吹っ飛ばす。
しばらくするとかなりの量の影の糸がまとまって二人に襲い掛かる。
地上の戦力がもはやアルトリアとイスカンダルのみとなった為にこちらに回す余裕が出来たようだった。
「こんなの何本来ようと同じよ!」
凜のカレイドアローがメディアの魔力弾が天罰の如く影の糸を消し飛ばす。
「・・・甘いな・・・」
その様を見ていた『影』はただ静かに笑う。
いつの間にか数本の影の糸・・・それも今までのそれより更に細く長い糸が後ろから凜とメディアを捕える。
「「!!」」
魔力が吸い取られる感覚に驚いて糸を切ろうとするがそんな隙を与えるはずも無く糸が群れをなして再び奇襲を開始する。
迎撃を取ろうとするが今度は先程と同じ細さの影の糸が次々と捕えていく。
一瞬どちらを優先すべきか迷う。
しかしその迷いこそ致命的だった。
まずは前方の影の糸を排除しようとしたが、その時既に糸の群れはメディアと凜を完全に絡め取り魔力を吸い取り、麻痺させる。
「まずいのう、遂に余と貴様だけとなったか」
「何と巧妙かつ狡猾な・・・」
それぞれ影の糸に捕えられないように斬り捨て、ひき潰していったイスカンダルとアルトリアだったが、残りは自分たち二人になったと悟るや一旦合流する。
一人では三百六十度から奇襲を仕掛ける影の糸に対処出来ない。
「一先ず余の戦車に乗れ。地上では奇襲の対応にも限界があろう」
「そうですね・・・仕方ありません」
少しだけ躊躇ったが直ぐに飛び乗る。
同時に『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)は唸りをあげて走り出し上空に飛翔する。
見れば今まで自分達がいた場所から影の糸が大量に噴出している。
「危ない所だったようじゃな」
「ええ・・・」
「どちらにしろこのまま逃げ惑っておっても何の解決にもならん。小娘一気に突っ込むぞ」
「ですが・・・さきほど貴方の突撃はあの壁で防がれたではありませんか。それにセタンタやディルムッドはそれで・・・」
「今度は遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)で突っ込む。その上で、止まらず奴をひき潰す。壁が出てきたら貴様が破壊してくれ」
「・・・判りました。元々既に私達には選択肢が無いんです。伸るか反るかやってみましょう」
アルトリアの返答に満足したようにイスカンダルが大声で笑う。
「はっはっは!貴様も大勝負の醍醐味がわかっているようだな。では行くぞ!」
そういうや全速力で『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』は天を翔け、そのまま『影』に真正面から突撃を仕掛ける。
「・・無駄だ。影城鉄壁(シャドー・キャッスル)」
すぐさま、影の壁が現れ『影』の周囲を守る。
「無駄無駄ぁ!!遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)!!」
イスカンダルの真名詠唱と同時に、雷鳴すらまとい『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』はただひたすら突進する。
「はああああああ!!」
そして露払いとばかりにアルトリアの渾身の一閃が影の壁を切り裂く。
しかし、砕けた先の景色を見た瞬間アルトリア、そしてイスカンダルは強襲の失敗を悟る。
そこに『影』は既におらず、代わりに影で出来た奇妙な穴が大きく口を開けて『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』を呑み込もうと待ち構えていた。
咄嗟に回避しようにも勢いがつきすぎていたし、何より近すぎた。
そのまま影の穴に突っ込み、十秒ほどで穴がイスカンダルとアルトリアを吐き出した。
影の糸が絡まり、二人とも完全に麻痺している。
そして反対側から無人の戦車のみが惰性で飛び出すが、やがて止まる。
「うううっ・・・ひ、卑怯者!!」
『クロンの大隊』の一人だろう、麻痺する身体に呻きながら『影』を罵る。
「・・・卑劣と罵るならばそれも良かろう・・・俺はまともに闘えば『六師』に遠く及ばん」
静かに『影』が独白する。
「だからこそ俺は・・・唯一使える影を操る術を高めてきた・・・あの男と同じ様に・・・」
誰なのか聞くまでも無い事だった。
「少し話が過ぎたな。奴がいないのはざんねんだが、この際仕方あるまい。お前たちをこの場で排除しそのままロンドンを落すとしよう」
そういうや影から触手が現れる。
しかし、その先端は手ではなく、ギロチンじみた三日月刃だった。
それが全員の頭上に現れ、その首筋に狙いを定める。
無言で右手を高々と上げる『影』。
それにあわせて影のギロチンが高く上げられる。
そして静かに振り下ろした。
一方・・・『闇千年城』では、
アトラス院の戦いが終わった『六師』が主君に事の顛末を包み隠さず報告していた。
「陛下、今回の失態、俺達にも責がございます。いかなる処断も受け入れます」
全員を代表して『風師』が恭しく頭を下げる。
それに対して『六王権』は終始無言だった。
これは当然だが激発を抑える為のもの。
そして 誰に激高しているかは言うまでも無い。
「・・・確かに少々迂闊だったな」
「はっ」
「だがお前達に罪は無い・・・と言いたいが同じ戦線に出ていた以上ある程度の処断は下さねばならん」
「はい」
「そしてオーテンロッゼも所詮はその程度だと言う事か・・・北アフリカの戦力の再編と増強を最優先で行わなければな・・・一先ず、お前達の処断を含めた全ての処遇については『影』が戻って来るまで預かりとする」
「??陛下、その兄上はどちらに??」
「今『影』はロンドンだ」
「ろ、ロンドン!!一体何をしに旦那は・・・って言うか旦那がこれだけ積極的に動くって事は」
『風師』 が直ぐに『影』が動いた動機を察し、
「っ!!・・・『錬剣師』ですね」
『闇師』 が怒り心頭に発したように忌々しく舌打ちをする。
「そうだ。『影』がリタより受け取った予言で『影』と『錬剣師』が三度戦うであろうと伝えられた。そして二度目の戦いがロンドンで起こるやも知れぬと言ってな」
そう言って『六王権』は静かに苦笑する。
己が側近の『錬剣師』に対する執着には彼も少なからず驚いていた。
(まあそれも仕方あるまいのだろうが)
「・・・」
それを尻目に『闇師』が立ち上がり、玉座の間を出ようとする。
「『闇師』どこへ・・・聞くまでも無いな」
「陛下お許しを。これよりロンドンへ」
「許す。『六師』総員向うが良い」
「よろしいのですか?」
「ああ、『影』の頼みゆえ聞き届けたがどうも嫌な予感がする。もしやすれば、『影』が本気で戦う事態になるかも知れぬ」
その言葉に全員が沈黙する。
『影』の本気、それは一歩誤れば主君『六王権』すら打破する可能性すら秘めた最高側近『影』の秘中の秘。
それを使う事態が起こるかもしれないと告げたのだ。
それを聞きもはや振り向く事無く駆け出す『闇師』。
それを追うように『風師』、『炎師』、『光師』、『水師』が駆け出す。
『地師』も後を追おうとしたが突然『六王権』に呼び止められる。
「・・・『地師』」
「はっ・・・」
「・・・任せる」
「御意!!」
一言言うと『地師』もまた玉座の間を後にした。
振り下ろしかけた右手は寸前で止まっていた。
それにあわせて全員の首を切断しようとしていたギロチンもぎりぎりで止まっていた。
気配を感じた訳ではない。
魔力を察したつもりでもない。
それは第六感、もしくは虫の知らせに近いものだった。
そして『影』はそれを信じた。
来る。
奴はまもなくこの地に来ると。
「影状変更(シャドー・チェンジ)、影状牢獄(シャドー・プリズン)」
麻痺して動く事の出来ないアルトリア達をそれぞれギロチンから変形した影の独房に閉じ込める。
(どこからだ・・・上か?真正面からか?それとも後背から虚を突くか??・・・いや、そんな奴ではない。おそらく真正面から来る・・・)
『影』の予想は半分当たっていたがある意味では彼の理解を超えていた。
「!!」
『影』は自分の眼を一瞬だけ疑った。
だが、直ぐに歓喜の笑い声を発する。
「はっはっはっ・・・はーーーーっはっはっは!!」
その時ちょうど『影』と相対する形にいたアルトリア達は次の光景にやはり眼を疑った。
何も存在しないはずの空間から両手が突然現れ次に右足、そして左足、次には見覚えのある赤毛が現れた。
そして最後にどう言う訳か黒っぽいくたびれたロングコートが現れた。
「「!!」」
そのコートに見覚えのあるアルトリア、そしてイリヤが思わず息を呑む。
「あれは・・・」
「まさか・・・」
「「キリツグ・・・??」」
一体何を『影』は見たのか?
突然、空間にひびが入ると同時に空間が割れ、そこに観音開きの鉄の扉が現れた。
そしてその扉が大きく開かれると同時に扉の先に待ち人が立っていた。
その人物は目の前の『影』にやや驚愕しながらも、溜息一つ吐いて現状を受け入れ、ロンドンの地を踏む。
その人物が扉から完全に出ると同時にその扉は跡形も無く消え、元通りの風景が戻っていた。
「待っていた・・・待っていたぞ!!俺はお前を待っていた!『錬剣師』!!」
「・・・って何でさ・・・よっぽどの縁が繋がっているって言うのかよお前とは」
歓喜に満ちた咆哮を上げる『影』に対して相対する側・・・衛宮士郎は想像の斜め上の遭遇に思わず天を仰いだ。
『錬剣師』、衛宮士郎が再び歴史の表舞台に立った瞬間だった。